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▲今の市長への要望▲ ⇒ 【「絹甚」の活用方法・01】No.1                                    母親(84)の存命中に「二度目の個展」を開催したい
 この〈「絹甚」の活用方法〉というCATEGORIES(カテゴリー)では、飯能市に寄付された「絹甚」の活用法を私なりに考えていきたいと思います。その第01回で書きたいことは、「早く使えるようにして欲しい」ということです。

 飯能大通り商店街にある「絹甚」の活用法については、現在「飯能市絹甚保存活用検討委員会」で検討されているそうです。そこでどのように決まるのかはまだ何も知りませんが、おそらく活用方法の中には「ギャラリー機能を持たせる」というのは含まれるのではないかと勝手に予想しています。

 私は、その「ギャラリー絹甚」が市民への貸し出しを始めたら真っ先に申し込もうと決めています。そこで母親(84才)が描きためた絵で「二度目の個展」を開きたいのです。

 私の母親は60才を過ぎてから中央公民館の絵画サークルで初めて絵画を描くようになりました。聞けば「子供の頃から絵はやりたかった」のだそうです。水彩画から始めていまはパステル画や油絵にも手を広げています。
 
 母親の描いた絵が何枚も溜まったころ飯能大通り商店街に「ギャラリーゼフィルス」がオープンしました。そこで「親孝行のまねごとでも」と思って「準備は全部私たちでやるから個展をやってみたら」と母親に打診したら「ぜひやりたい」ということでしたので申し込みました。

 個展を開催しても無名の素人の個展では、ギャラリーの前を通る人でも誰も中には入って来ません。そこで工夫して「81才、初めての個展」と書いた案内を外に立ててみたところ、その狙いは的中しました。ゼフィルスの前を通る多くの人が中にまで入ってくれるようになったのです。入口の前で「呼び込み」をすると、グループで歩いている人たちは「あら!81才ですって!」「それで初めての個展だって!」「それじゃ見てみなきゃ」などと言いながら入ってくれたのです。(個展に出品した母の絵)     (個展会場の風景)

 文化新聞で紹介されてからは急激に来場者が増えました。母親は常時会場に居て来場者の接待をしていましたが、期間中の6日間のことは「疲れたけど楽しかった」と今でも言っています。

 個展の最終日には、ファミリーが一堂に集まって食事会をしましたが、その席で話題になったのは当然「二回目」のことでした。母親も「月に1枚は描いていきたい」と言うので「なら二年後か三年後かな」という話にもなりました。

 「初めての個展」と名付けたのだから、次は「最後の個展」と名付けてもいいのかもしれません。しかし、「最後の」となると、その開催時期は「できるだけ遅い」ほうがいいでしょう。私や姉も、成人した孫達もそのつもりでいました。

 しかし、残念なことに、その「次の個展」の開催を早めねばならない事情が生まれたのです。母親が2004年2月に「胃ガン」と診断されて手術しました。胃の3/2を切除しましたが幸いも術後は順調に回復し、その後はなんとか一人暮らしを続けています。介護度認定が不要なほど元気ではいるのですが、最近になってまた体の不調を訴えるようになったのです。

 次の個展を「最後の個展」と名付けるのなら、その開催を急ぐことはないでしょう。しかし、次の個展を「二度目の個展」と名付ければ、「三度目の個展」も不可能ではないかもしれません。母親も「どこかいい会場があればまたやりたいね」という気になっています。

 私としては、「遺作展」はやりたくありませんので、母親が自分で「会場での接待」ができる元気のあるうちに「二度目の個展」を実現させたい、と思うようになりました。その会場としては母親も新しくオープンする(であろう)絹甚に期待しています。

 絹甚の改装にどれだけの経費と期間を要するのかはまったく知りませんが、私としてはできるだけ早くオープンしてもらいたいと思っています。そして、勝手なお願いですが、一般貸し出しの募集を始める時は、できるだけ「早い順番」で使用できるようにして頂けないかとも勝手に願っています。 

 改装のための予算が不足するようでしたら「市民からの寄付」を募ってもいいのではないでしょうか。工事の作業でも、専門家の邪魔にならない範囲での「ボランティア参加」の呼びかけがあれば私は応じたいと思っています。そのような市民参加を募ることも「市民の施設」という意識を高めることにもなると思うのですが・・・・・

| 小久保 達 | 23:27 | comments (0) | trackback (0) | ★今の市長への要望★::「絹甚」の活用方法 |
▲今の市長への要望▲ ⇒ 【「絹甚」の活用方法】No.2                                     「絹甚の活用案決まる」の記事を読んで・・・・「遅い!」「それだけ?」・・・・
 きょう(5/2)の文化新聞・第二面に「絹甚の活用案決まる」という記事が載っていました。

 昨年7月に発足した「絹甚保存活用検討委員会」(20人)が計5回の会議を重ねた最終報告をまとめたそうです。

 急いで飯能市役所サイトを見ましたが<トピック>にも<新着情報>にも掲示されていませんでした。

 念のために<サイト内検索>を 絹甚保存活用検討委員会 で検索してみましたが、下記のようなものしか表示されませんでした。
     検索結果一覧

 これで市民に何を分かれというのでしょうか?
(その前に、あまりの工夫の無さに読む気が失せてしまいませんか?)

 記事によると、平成18年度・修理委員会を立ち上げ、平成19年度・修理工事に着工、平成20年度・公開、と書かれています。

 この〈「絹甚」の活用方法・01〉(1/28)で「癌で手術した母親(84)の存命中に二度目の個展を絹甚で開催したい」ということを書きました。

 奇しくも、「絹陣の活用案決まる」という記事が出たきょう(5/2)、母親は練馬区の大学病院に再々入院させてきました。末期癌ですので、元気になって退院できることはもう無いでしょう。絹甚が展示会場として公開されるのが2年も先というのはあまりにも遅すぎて、残念です。
 
 活用案として、きょうの文化新聞の記事には、
?「絹甚」が体現する飯能のまちの歴史を学び、?地域情報を蓄積し発信する拠点、?周辺地域を活性化させるための拠点、?地域コミュニティーの場、?小規模な文化イベントが開催できる場、
というようなことが「多論併記の形をとった」と書かれていました。

 この記事を読んだだけですが、私の正直な感想は「え?!・・・」「その程度のことなら、特に予算と時間を費やして検討委員会なんて設けなくても定番のようなものじゃないの?」でした。

 あえてハッキリ言えば、他の多くの自治体で「街中に在る文化財的な木造建築の活用案」として既に出されたことのある事例をただ羅列してみただけのもの程度ではないでしょうか?

 少なくとも、他の自治体ではまだどこも実現したことの無い(あるいは極めて少数例の)活用案でなければ面白くないのではないでしょうか?

 ここからは一般論ですが、どこかの施設の活用策を検討するとき、どのようなプランを提案しても、必ず反対する人は居るものです。

 しかし、「誰からも反対されない案」というものは、しょせん「月並みで平凡な内容」になってしまうものです。

 飯能市に限らず、「○○検討委員会」なるもので討議すれば、最終的には「無用な摩擦は避けよう」ということで「出された意見を全部併記する」ということになってしまうものです。

 そして、「平凡なプラン」だから、誰も本気で推進する者も無く、マンネリになって形骸化していくものなのです。

 「成功した街おこし企画」に共通している根本的な成功要因は下記の3つなのです。

    (1)運営したい者がそのプランを決めている
    (2)運営したい者が本当にやりたいコトを貫いている
    (3)「自分の利益のためにやっている」と中傷されても怯まない


  次の〈「絹甚」の活用方法・03〉では、私なりの「活用案」を提案させて頂きます。おそらく「猛反発」をくらうかもしれませんが
「たった一つのコト」に集中したプラン
です。


 

| 小久保 達 | 23:47 | comments (0) | trackback (0) | ★今の市長への要望★::「絹甚」の活用方法 |
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