2006-11-09 Thu
これからの飯能市が目指す方向とビジョンを「飯能から100の挑戦」というタイトルで書いていきます。
誰が、何のために、どのようなことに挑戦するのでしょうか?
まず、このことを明記しておかなければならないでしょう。
誰が「挑戦する」のでしょうか?
↓
それは、いまの市長と、これから市長になることを目指している人です。
いまの市会議員と、これから市会議員になることを目指している人です。
いまの市職員と、これから市職員になることを目指している人です。
いま飯能市に住んでいて、これからも住み続けたいと思っている人です。
いま飯能市に住んでいても、いつかは転出したいと考えている人は、「これからの飯能市のため」に、何かに「挑戦しよう」とは思わないでしょう。
何のために「挑戦する」のでしょうか?
↓
それは「自分の人生を充実させる」ためにです。
いま住んでいる地域に無関心でいるよりは、あらゆることに関心を持ったほうが、「自分の人生が充実する」からです。
いま住んでいる地域の将来に何も関わらずに門外漢でいるよりは、何でもいいから「自分で重要だと思えること」だけでも関わっていったほうが、着実に「自分の人生が充実する」からです。
いま住んでいる地域で「住みよい街にすべきだ」と行政に要求するだけより、「住み良い街になればいいのに」とただ受け身で待っているだけより、「住み良い街にする」ために、自分から動いていったほうが、確実に「自分の人生が充実する」からです。
「既に誰かがやったことをただ真似する」より、「何にでも新たな工夫をする」ほうが「自分の人生が充実する」からです。
「他と同じ程度のレベルで終わらせる」より、「いままでより高いレベルにまで向上させる」ほうが「自分の人生が充実する」からです。
「既に先例が有ること」より、「まだ誰もやったことのない」ことに挑戦するほうが「自分の人生が充実する」からです。
「簡単に実現できること」より、「困難だが高い目標に挑戦する」ほうが「自分の人生が充実する」からです。
「模倣」や「前例を踏襲する」よりも、「創造」や「独創性や独自性を発揮する」ほうが「自分の人生が充実する」からです。
「固定観念」や「既成概念」に縛られているよりも、それらを打破して、「未知の分野」を開拓していくほうが「自分の人生が充実する」からです。
適当なところで妥協して安易な道を行くよりも、困難でも諦めずに挑戦し続けるほうが「自分の人生が充実する」からです。
どのようなことに挑戦するのでしょうか?
↓
それは、この飯能市を「いつまでも住み続けたい」と思える街にするために必要なことには、何にでも挑戦していくのです。
この飯能市を「ここに住んでいることを誇りに思える」という街にするために、重要なこと、新しいこと、困難なことに挑戦していくのです。
この飯能市を、市外の人の間での知名度や好感度、移住希望度を上げ、さらに住民の満足度や期待度を高めるために、「面白いこと」「新しいこと」「画期的なこと」に挑戦していくのです。
2006-11-18 Sat
飯能市に限らず、自治体が住民のために目指すことは、
そこの住民が「いつまでもここに住み続けたい」と思える地域にすること、だと私は思っています。
この<住民永住度>については当Blog中項目〈住民の永住度を高める〉(計6件)をお読み下さい。
ちなみに<住民の永住度>というのは私の造語です。Google検索しても現時点では当Blog以外は1件も表示されません。
私は当Blog〈市民の永住度を高めるNo.5〉(9/25付け)に下記のことを書きました。
(略)だから、飯能市がこれから目指す方向としては、下記のようなことが挙げられると思いました。
(飯能市民であることが)「誇りが持てる街」
(生活環境が、行政サービスが、便利さが)「満足できる街」
(これからの発展が、変化が、環境整備が)「期待が持てる街」
(近隣に住む人から)「羨ましがられる街」
(日本中知らない人はいないほど)「知名度が高い街」)
「住んでみたいと思われる街」(だから転入者が増える)
これらは、それぞれが原因であり結果であるという因果関係になっています。たとえば「満足できる街」で「期待が持てる街」であれば「誇りが持てる街」にもなります。
上記のようなことが充たされていけば、その結果として「だからいつまでも飯能市に住み続けたい」と思う市民が増えていくことになるのでしょう。
しかし、飯能市が上記のような<理想的な街><理想的な自治体>になっていくには、膨大な資金と時間が必要です。
「膨大な資金が必要」だからと言って、「増税する」「県や国に頼る」「職員を増やす」「借金を増やす」わけにはもういきません。
「膨大な時間が必要」だからと言って、いまから20年も、30年も先では意味がありません。
もし、「わずかな資金」(現在無理なく支出できる金額)で、
「比較的短期間」(数年)で、「誇れる街」「いつまでも住み続けたいと思える街」にする方法が有るとしたら、どうでしょうか?
もちろん、そういう「方法」が有るからこそ当Blogにこれから書くわけです。
でも、その前に、その方法に挑戦することが、飯能市がこれから目指すべきことの一つに相応しいという同意が無ければ、いま書いても意味がないと思っています。
2006-11-19 Sun
これからの飯能市が目指す方向として、私は「100の挑戦」を考えています。
これには、その<挑戦する順番>にも意味があります。
そこで第一段階の挑戦、第二段階の挑戦、第三段階の挑戦に分けて書いてみます。
まず、第一段階の挑戦とは、
市長や市議、市職員、市民に意欲さえあれば、少ない経費で短期間に実現することが可能な下記の3つです
1.公平 で 公正 な自治体の実現に挑戦していく
これには、まず、現在の飯能市で「不公平な行政」「公正ではない行政」をリストアップすることから始まります。
このリストアップは、それぞれ(市長・市議・市職員・市民)に意図と意欲さえあれば、すぐにでも実現可能です。
このリストアップの次の課題は、その不公平を是正するアイデア、公正でない事項を改める方策を、それぞれが考え出すことです。
これも、それぞれに意欲さえあれば、経費や時間はあまりかかりません。
ここで考え出された多くのアイデアや方策も、実際にやってみなければその成果はわかりません。そこで、幾つかを実験的に取り組んでいくことになります。
2.住民の 参加参画 を高める自治体の実現に挑戦していく
これも、まず、<住民参加の具体的な方法><参加から参画への効果的な方法>をリストアップすることから始まります。
現在の形骸化した市議会の仕組みを抜本的に変革する方法も考えましょう。
リストアップの次の課題は、それらの具体的な方法や効果的な方法を、実現しやすい順番(必要とする経費、不可欠なノウハウ、要する時間など)に優先順位をつけることです。
そして、それらの方法の中から、最も効果的なことから実験していくことになります。
3.経営効率 と行動能率 の良い自治体の実現に挑戦していく
これも、まず、<経営効率の悪い業務>と<行動効率の悪い作業>などをリストアップすることから始まります。
(あまりも多すぎて他の挑戦よりも多少は時間がかかるかもしれません)
リストアップの次の課題は、経営効率を高める実験を幾つか試験的に実施してみることです。
上記の<第一段階の3つの挑戦>は、
同時進行することで相互に絡み合って相乗効果を生み出していきます。
「公平で公正な自治体」になれば、「住民の参加参画意識」も高まります。
逆に言うと、現在、多くの市町村で「住民の参加参画意識」が低下している原因の一つは「行政が不公平で公正ではない」からです。
「公平で公正な自治体」になって「住民の参加参画意識」が高まっていけば、必然的に「経営効率と行動能率の良い自治体」になっていきます。
「経営効率と行動能率の良い自治体」になっていけば、それに比例して「住民の参加参画意識」が高まっていくものです。
上そして、<第一段階の3つの挑戦>に取り組んでいくと、
自然と<第二段階の4つの挑戦>にも、取り組んでいけるようになります。
それについては明日、書き込みます。
2006-11-20 Mon
考えてみれば、前述した<第一段階の3つの挑戦>は、自治体としては、当然のことなので、他の自治体との差別化にはなりません。
これからの飯能市が目指す方向として私が考えている「10の挑戦」の第二段階の挑戦とは、前述した<第一段階の3つの挑戦>に取り組んでいけば、自ずから、他の自治体との違いを出すためにも「挑戦してみたくなる」ことです。
それは下記の4つです。
4.「特徴のある地域」の実現に挑戦していく
「何が飯能市の特徴か?」といえば、それは<緑と清流>なのですから、飯能市が<森林文化都市宣言>をしたことはとても素晴らしいことだと思っています。
この「宣言」には幾つかの素朴な疑問がありますが、それは大項目▲「森林文化都市宣言」▲の中項目【なぜ?どうするの?】を参照して下さい。
しかし、「宣言」しただけで<森林文化都市>になるわけではありません。「森林文化都市になるにはどうするか?」という課題は山積しています。
中項目〈何をどうすればいいのか?〉を参照
もちろん、飯能を「特徴のある地域」にしていくためには<森林文化都市>構想以外にも多くの「道」があります。それらを「考え出し」「実現していく」ことへの挑戦です。
5.「住民から感謝される住民サービス」の実現に挑戦していく
自治体の公共サービスは、いつも「お役所仕事」と批判され非難されてきました。本来、自治体の住民サービスは「住民から感謝されるレベル」でなければなりません。
確かに、「汚い街よりは美しい街」「危険な街よりは安全な街」「不便な街よりは便利な街」「つまらない街よりは面白い街」であれば住民から感謝されるでしょう。
さらに「公共施設が充実している街」「役所の対応が早い街」「福祉が充実している街」「住民の満足度が高い街」であれば益々感謝される自治体になるでしょう。
しかし、それらを実現するために「他市よりも重い税負担」「他市よりも多い市職員」では、住民から、本当に感謝されることにはなりません。
他市よりも「軽い税負担」で、他市よりも「少ない議員数・職員数」(小さな政府)で、「住民から感謝されるサービス」を提供できる自治体になることへの挑戦です。
続き▽
2006-11-20 Mon
これからの飯能市が目指すべき<第三段階の3つの挑戦>とは、下記の3つです。
8.他市に好影響を与える自治体になることに挑戦する
前述した「7つの挑戦」だけでも、「挑戦している」こと自体で自治体としては、かなり注目されるようになるでしょう。
しかし、「飯能市」の知名度が高くなっても、自治体として、他市になんの影響も及ぼさないような存在では、これも面白くありません。
多くの自治体から
「飯能市の事例に学ぼう!」とか、
「飯能市のアイデアを頂こう!」
「飯能市に続こう!」
と言われることは、市民として充分に「誇れる」ことです。
それには、まだ他の自治体が考えなかったことを打ち出す独創性や独自性が求められます。
それでいて、他の自治体でも取り入れられるような普遍性も求められます。
9.国を動かす自治体になることに挑戦する
飯能市が、たとえ周辺の自治体に影響を与えるようになったとしても、日本全体を動かしていく原動力にならなければ意味がないかもしれません。
<地方分権>とは、「国から地方に権力を分けてもらう」ということではありません。<分権>とは「中央から地方を見ている」言葉です。正確には<地方主権>でしょう。
この<地方主権>とは、
「地方には国を動かしていく権利がある」ということなのです
「国を変えていく権力を持つようになる」ということなのです。
もちろん、国を動かすようになるには、自治体にも「独自の理念」と「果敢な試行錯誤」によって生み出された「独自のノウハウ」が必要です。その結果生み出された「独自の実績」が必要です。
10.世界の中で「飯能が認知される」ことに挑戦する
飯能市が、たとえ「国を動かすような自治体」になったとしても、世界の中で認知されていなければ嬉しくないかもしれません。
「国を動かすような自治体」だから「世界に認知される自治体」になるのではなく、「世界に認知されている自治体」だから「国をも動かす」ようになるという側面もあります。
だからこそ、日本という国の枠や制限を超えて、飯能市から直接、世界中の都市に関わっていくようになったら、かなり面白くなるのではないでしょうか?
次回からは、いままで述べてきた「100の挑戦」を支える具体的な「行動」を
「飯能を変える1000の実験」として、「挑戦する内容」と関連づけて書いていきます。
そして、それらの「1000の実験」には、さらに具体的な方策として
「飯能を面白くする10000のアイデア」を書いていきます。
(どこまで書けるか始めてみなければわかりませんが)
8.他市に好影響を与える自治体になることに挑戦する
前述した「7つの挑戦」だけでも、「挑戦している」こと自体で自治体としては、かなり注目されるようになるでしょう。
しかし、「飯能市」の知名度が高くなっても、自治体として、他市になんの影響も及ぼさないような存在では、これも面白くありません。
多くの自治体から
「飯能市の事例に学ぼう!」とか、
「飯能市のアイデアを頂こう!」
「飯能市に続こう!」
と言われることは、市民として充分に「誇れる」ことです。
それには、まだ他の自治体が考えなかったことを打ち出す独創性や独自性が求められます。
それでいて、他の自治体でも取り入れられるような普遍性も求められます。
9.国を動かす自治体になることに挑戦する
飯能市が、たとえ周辺の自治体に影響を与えるようになったとしても、日本全体を動かしていく原動力にならなければ意味がないかもしれません。
<地方分権>とは、「国から地方に権力を分けてもらう」ということではありません。<分権>とは「中央から地方を見ている」言葉です。正確には<地方主権>でしょう。
この<地方主権>とは、
「地方には国を動かしていく権利がある」ということなのです
「国を変えていく権力を持つようになる」ということなのです。
もちろん、国を動かすようになるには、自治体にも「独自の理念」と「果敢な試行錯誤」によって生み出された「独自のノウハウ」が必要です。その結果生み出された「独自の実績」が必要です。
10.世界の中で「飯能が認知される」ことに挑戦する
飯能市が、たとえ「国を動かすような自治体」になったとしても、世界の中で認知されていなければ嬉しくないかもしれません。
「国を動かすような自治体」だから「世界に認知される自治体」になるのではなく、「世界に認知されている自治体」だから「国をも動かす」ようになるという側面もあります。
だからこそ、日本という国の枠や制限を超えて、飯能市から直接、世界中の都市に関わっていくようになったら、かなり面白くなるのではないでしょうか?
次回からは、いままで述べてきた「100の挑戦」を支える具体的な「行動」を
「飯能を変える1000の実験」として、「挑戦する内容」と関連づけて書いていきます。
そして、それらの「1000の実験」には、さらに具体的な方策として
「飯能を面白くする10000のアイデア」を書いていきます。
(どこまで書けるか始めてみなければわかりませんが)
2006-11-21 Tue
いままで、これからの飯能市が目指す方向を「10の理想→100の挑戦」というタイトルで書いてみました。その「100」を具体的に描くために、「10の分野」にわけ、それを3回に分けて書いてきました。下記に1から10までを下記にまとめて並べてみました。
1.公平で公正な自治体の実現に挑戦していく
2.住民の参加参画を高める自治体の実現に挑戦していく
3.経営効率と行動能率の良い自治体の実現に挑戦していく
4.「特徴のある地域」の実現に挑戦していく
5.「住民から感謝される住民サービス」の実現に挑戦していく
6.<自律した自治体><自立した自治体>の実現に挑戦していく
7.日本の中では<知名度の高い自治体>になることに挑戦する
8.他市に好影響を与える自治体になることに挑戦する
9.国を動かす自治体になることに挑戦する
10.世界の中で「飯能が認知される」ことに挑戦する
こうして並べてみると、「地方自治体が目指すこと」としては、すべてを網羅しているとは限らないようにも見えてきますが、それは当Blogを続けている間に修正していきます。
いずれにせよ、「100の挑戦」は、それ自体が自治体の目的や目標ではありません。
自治体の目的は
「住民にとっていつまでも住み続けたい街であり続けること」です。
「そこに住んでいることが住民にとって誇れる街であり続けること」です。
「100の挑戦」は、この目的を達成するために必要な「目標」なのです。この目的を達成するための「手段の一つ」なのです。
「挑戦」とは「高い目標を設定して行動を起こす」ことです。いますぐ、簡単に実現できるようなことに対しては「挑戦する」とは言いません。
「挑戦」とは、周囲の人たちから「そんなこと出来るわけがない」と言うようなことに自ら取り組んでいくことです。
「挑戦」とは、「困難なことに遭遇しても実現するまでやり続ける」ことです。
「挑戦」には「終わり」はありません。いつまでもエンドレスで続きます。
