2008-07-19 Sat
前回(7/16)は、当Blogの<飯能どうする研究所>という名称には、
「飯能はどうなるか?」という予想ではなく
「飯能をどうするのか?」という方向や意図を込めていると書きました。
実は、この「飯能をどうするのか?」という課題には、
「誰が、この飯能をどうするのか?」ということも含まれています。
誰が飯能を「良くする」のでしょうか?
誰が飯能を「面白くする」のでしょうか?
誰が飯能の「知名度を高める」のでしょうか?
誰が飯能を「住んでいて良かったと思える街にする」のでしょうか?
誰が飯能を「住んでいることを誇れる街にする」のでしょうか?
日本では
「それは、そこに住んでいる住民一人一人がやるべきことだ」という考え方が定着しています。
でも、それは正確に表現すれば「住民も参加しないよりは参加したしたほうが良いし、そのほうが住んでいて面白い」と程度のことです。
上記のことに最も時間と智恵と労力を捧げなければならない<住民>とは、
結論から言えば、自治体からそのための給料を貰っている人たちのことです。
それは言うまでもなく市長であり、市議会議員であり、市職員であり、市から委嘱」されて報酬を得ている公的な委員会などの<委員>です。
Blog<飯能どうする研究所>は、
「給料を貰って飯能を良くするための仕事を遂行するべき人たち」に、
「良くするためのアイデア」や「面白くするためのアイデア」を提供していくことが目的なのです。
私は<よくある質問(FAQ)>でも書いてある通り、市議選も、市長選も、県議選も、国政選挙にも、いかなる選挙にも立候補する意志はまったくありません。
なぜなら、
私は「他人から批判されるのが大嫌いな度量の狭い人間」だからです。
「給料のために組織に拘束されるのが大嫌いなワガママ人間」だからです。
「選挙に当選するために本音を言わない(言えない)生き方には耐えられない幼稚な人間」だからです。
そして、自分が考えたことを文字に書くことが子供の頃から大好きだった人間なので、いま、Blogで自由に発信できる時代をとても喜んでいる人間なのです。
私が、当Blog<飯能どうする研究所>を書き続けているのは、
その大好きな「文章を書く」ということで、市長や市議会議員、市職員に本音で言いたいことを書いていくことが、自分が出来る「飯能を良くすること」「飯能を面白くするコト」だと考えているからです。
もちろん、それが一番「気楽なこと」だからでもありますが・・・・・・。
私は、今の市長や、次の市長になる人、市議、市職員から「好かれよう!」とは思っていません。だから本音が言えるのです。
これからは「厳しく名指しで追求していこうと思っています。
私の言動が無視されたり、逆に批判されたりすることがあっても、それは「好きなことを好きなようにしている報い」として当初から」覚悟していることです。
公務員は公務においての批判や悪口を言われることは甘受しなければなりません。それも「貰っている給料の一部に相当している」からです。
私は「他人から批判されるのが嫌だからいかなる公職にも立候補しない」と書きましたが、住民から批判されるのが嫌な公務員はその公務員を辞めたほうがいいのです。