2008-11-05 Wed
飯能まつりも好天に恵まれて終了しました。
私は自分の町内(三丁目)のお囃子(共鳴会)の会員です。
今年の飯能まつりから、昨年新造された<本郷の山車>が本格的に加わって、市内を巡行する山車はこれで計11台になりました。
私は、昨年の文化新聞の記事で
「市内の細田建設が本郷の山車を自社で設計施工して寄付」
というニュースを知った時、驚いたのは下記の3点でした。
「あっ、お祭りの山車は歴史を感じさせる古い物でなくてもいいんだ!」
「山車が欲しい自治会は寄付を募って新造すればいいんだ!」
「山車は飯能の材木と木造技術で造れるのか!」
「我が町内にもお囃子連が有ればいいのに・・・・」と思っている人は多いでしょう。お囃子連が存在しても山車を持っていない町内は「資金面の問題を乗り越えられれば欲しい!」と思っているのではないでしょうか。
その時から、 「飯能市が西川材活用策の一つとして、山車の新造を希望する自治会には補助金替わりに材料の木材の現物を支給する」というのはどうだろうか?」という思いが私の頭の中に浮かんできたのです。
共鳴会でも、祭りの前の山車の清掃、飾り付けでみんなが集まる度に
「この山車もだいぶガタがきたなぁ・・・」
「屋根も薄っぺらいし、そろそろ造り替えなきゃなぁ・・」
「昔は原町や大河原の山車のように人形が有ったという話しだけどその人形はどこに行ったんだろうか・・・・・」
などということが話題になります。
もし、飯能市が、市内の自治会に対して「山車の新造を希望する自治体には上限○○万円分の木材現物を支給する」という制度を設けたら、どれくらいの自治会が申請することになるでしょうか?
10台? 20台? 30台?・・・・・
この場合は、設計施工業者を市内の工務店・木工業者に限定しても構わないと思います。
大量受注になれば、1台当たりの建造単価を大幅に下げることもできます。
山車を何十台も新造すれば、設計施工の技術も向上し、蓄積され、やがて
<山車の受注生産>そのものが飯能市の名物地場産業にもなっていくかもしれません。
そして、もし、数年後の飯能祭りに参加する山車が15台、20台と徐々に増えていったらどうでしょうか?
それは、そのまま「山車を新造したい全国の町内会」の役員やお囃子連の人たちに向けた<展示会>にもなるわけです。
20台~30台の山車の巡行や勢揃いはかなり壮観なものになります。
それで飯能祭りが秩父夜祭りを凌ぐようになるかもしれない、とまでは言いませんが、肩を並べるようになるくらいのことは期待できるのではないでしょうか?
もちろん、市議や市民の中には「地域の宗教行事に税金を投入することは憲法違反だ!」という理由を付けて反対する人もいるでしょう。
しかし、<祭り囃子>という伝統芸能に付随する木造物への援助は「特定宗派への援助」には相当しないので、私は憲法違反ではないと思っています。山車は自治会の財産なのですから、自治会館の建設や修理に対する補助金支給と同じことなのです。
ましてや、自治会に対する「西川材という木材の支給」であれば、特定の宗教行事への支援ということにはならないのではないでしょうか?
なぜなら、市から支給された「西川材」をどのようなことに使用するかは、支給された各自治会が独自の判断で決めることにするからです。
仮に、「山車の新造に対する公金使用」を憲法違反として提訴する人が現れたとしても、最終的な判断は最高裁が裁定することです。
その裁判が、地裁、高裁、最高裁で審理される度に、「飯能市が地元林業振興のために自治会の山車建造に材料の木材を支給したことの是非」が話題になるのですから、これも「西川材への関心を高める好機にする」ことにもなるわけです。
この案について質問、反論、意見などがありましたら、コメント欄にお願いします。
2008-11-06 Thu
きょう(11・06)は市議会の決算委員会を午前中だけ傍聴してきました。
その冒頭に、沢辺市長から飯能市にとって重大な報告が有ったのです。
その報告とは、「なかなか買い手が決まらなかった旧丸広東飯能店の買い手が決まった」とのことでした。
買った企業は、なんと、ビックリ!!!最初の所有者だった丸広なのです。
丸広はNCCに売却した金額よりも、安く買い戻すことが出来たのですから、その差額分を「儲けた!」ことになるわけです。
丸広の計画では来年秋には再オープンする予定だそうです。
これだけなら、この一件は「長い間空き店舗のまま放置されていた東飯能駅ビルが再び商業施設として活気を呼び戻すことになるので、メデタシ!メデタシ!」ということになるところです。
ところが、沢辺市長から続いて報告されたことは「丸広はいまの飯能店を東飯能に移転するとのことでした」という言葉だったのです。
実は、これは「いまの丸広飯能店が来年秋に閉店される」という、飯能市の活性化全体について極め重要なニュースなのではないでしょうか?
<東飯能店の再開決定>よりも、<飯能店の閉鎖決定>のほうが、
ニュースとしては重要なのではないでしょうか?
それなのに、沢辺市長は、市議会の決算委員会において、「丸広が飯能から東飯能に移転する」とだけ簡単に報告したのです。
つまり、市長にとっては「丸広飯能店の閉鎖」による影響の大きさに対する認識は、「丸広が移転する」という程度のことだったのです。
私は当カテゴリー【「東飯能駅ビル購入」を争点に】No.5(2008/10/09付け)で下記のように指摘しておきました。
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「2009年の市長選が面白くなって欲しい」と願っている私としては、
<駅ビル購入を否定してきた沢辺市長 vs それを批判する新人>という図式の選挙になることをいまから願っています。
しかし、この「東飯能駅ビルの購入」は、市長選の争点にするほどには先延ばしにできないかもしれません。
なぜなら、売却金額の低下によって、民間企業に購入されてしまう可能性も有るからです。
そうなれば、この<駅ビル新庁舎>の実現性はゼロになり、将来に渡って悔いを残すことになってしまいます。
「あんな場所の商業施設を購入する企業は無い!」と広言する人もいますが、
瑕疵や困った因縁の無い不動産は、価格を下げさえすれば必ず買い手が現れるものです。(もし私に10億円ほどの資産があれば私が買いたいくらいです)
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とうとう、上記のことが現実になってきました。
2008-11-08 Sat
来年の秋に、丸広東飯能店が再開されることになりましたが、その替わり、残念なことに、昭和36年から営業していた丸広飯能店が閉店されることになってしまいました。
この決断は、丸広という民間企業の経営者としては賢明なことだと思います。
「新規開業させた東飯能店がわずか7年で頓挫して損失を承知で売却しなければならなかった」という経営の大失敗を挽回できる機会を創り出したのです。
2年前に売却した店舗が売れずに、売却した金額より安く再取得できる機会が生じれば、買い戻すことは、経営者としての“英断”です。
しかし、だからといって、再び、飯能店と東飯能店の二店舗運営を繰り返したのでは、同じ失敗をすることになるのは容易に予想されることです。
そうであるなら、老朽化した飯能店を建て替えたり、改築補強工事をして営業を継続させるよりは、閉鎖して売却してしまうのは賢明な選択です。
そうすることによって、飯能市での営業を東飯能店1店舗だけに集中できることになり、この店を利益が出る店舗にしやすくなります。
そのうえさらに、飯能店の売却益が確実に見込めるようになったのです。
この<飯能店は売却か?再開発か?>という選択は、市民の間では予想や期待が別れるでしょうが、私の予想は「東飯能駅周辺の再開発で懲りた丸広は、もう再開発にリスクを負うことは避けるだろう」というものです。
かなり昔から囁かれていた「西武鉄道は元加治駅から直接、東飯能駅に向かう運行ダイヤに変える」という、<飯能駅切り捨て案>が依然として完全否定されていない以上、飯能店跡地を商業施設として再開発するプランに乗ってくる民間企業は現れないという観測もあります。
だから、飯能店跡地の活用策は、買い手次第でどうにでもなるという、当然のことしか、現時点では言えないでしょう。
もちろん、飯能店の跡地活用は、丸広という民間企業が決断すべき課題ですが、地域の重要課題として、市長や市議会がいまから要望や提案をしていくべきである、ということは今更言うまでもありません。
しかし、
飯能市が所有している図書館建設用地と“等価交換”して、
「飯能店跡地に駅前図書館を建てる」とか、
バリアフリーになっていない市民会館と“等価交換”して、
「飯能店跡地に駅前市民ホール+市営住宅を建ててしまう」
というような発想は、沢辺市長には浮かんでこないかもしれません。
2008-11-11 Tue
前回(2008/11/08)書いたように、丸広が旧東飯能店を買い戻して、飯能店をそこに移転させるという決断は、利益を出し続けて会社を存続させていかなければならない民間企業の経営者としては、実に適切な判断だと思います。
しかし、この<丸広による旧東飯能店の買い戻し>は、見方を変えれば、買い取った所有者が持て余して売りに出していた東飯能駅ビルを、旧所有者の丸広が購入するのを黙過していたというのですから、これは市にとっては「大きな失策」ではないでしょうか? その失策とは次の6点です。
[失策①]格安で売りに出されていた東飯能駅ビルを飯能市が買い取り、そこに市役所を移転し、さらに新駅ビル図書館、新駅ビル保育園などを併設する、という飯能市にとっては画期的な市民サービスを提供する機会を自ら放棄してしまった。
[失策②]東飯能駅ビルに市役所を移転することによって将来的に期待できる<市役所跡地の売却益>を得る機会を喪失してしまった。
[失策③]市役所が東飯能駅ビルを先に購入しておけば、丸広が購入することはできず、したがって飯能店が閉鎖されることはなかった。丸広飯能店の閉鎖は、実は飯能市の無策による責任が大である。
[失策④]市議会や市民の間から「旧丸広東飯能店ビルを買い取って駅ビル図書館に!」という要望や提案が有った時、飯能市は「あのビルは図書館の使用に耐えられる構造になっていない」という悪質な嘘を市民に対して平気で付き通してきた。(市はこの嘘を議会で認めていながら、市民に対する謝罪はいまだになされていない)
[失策⑤]市民の間から「旧丸広東飯能店ビルを買い取ってそこに市役所を移転して欲しいという要望が有った時も、飯能市は「百貨店として造られた建物は市役所として使用するのには向いていない」という幼稚で我が儘な見解を言い続けてきた。(オフィス仕様のビルを店舗に転用するのは支障が多いが、店舗仕様のビルをオフィス仕様に変えるのは簡単なのに、である)
[失策⑥]丸広飯能店の跡地利用案に公共施設の新設は不可欠なので、その最有力候補である新図書館は、これで実現がさらに3、4年は先延ばしせざるを得なくなった。(丸広飯能店跡地を無視して既定路線の平岡レース跡地に新図書館を単独で建設したら、それも失策の上塗りになる)、
これらの大失策の責任は誰にあるのでしょうか?
12月の定例議会で市議のどなたかが市長に質問することを期待しています。
2008-11-15 Sat
前回(2008/11/11)書いた「6つの大失策」が、きょう(11/15)の文化新聞2面に「投稿」として掲載されています。この投稿は、11月10日の深夜に送信したものなので、5日後に掲載されたことになります。
その後、文化新聞の11月11日号に下記の観測記事が載っていました。
「(丸広の)買い戻しについては水面下で飯能市と協議を重ねていた模様だ。空きビル状態を危惧、市が再取得丸広側に要請していたという未確認情報もある」
「水面下で飯能市と協議を重ねていた!!??」
「丸広の再取得を要請した」のは市長なのでしょうか?
それとも担当していた副市長が独断で要請したのでしょうか?
実は、これは<大問題>なのではないでしょうか?
前回当ブログで書いた<6つの失策>のように、
「飯能市の(東飯能駅ビル取得)機会損失」を、特定企業のために看過したのであれば、市長(もしくは副市長)のしたことは、民間企業であれば
<背任罪>や<特別背任罪>に相当するものなのです。
さらに言えば、「飯能市が東飯能駅ビルを取得しないことで、丸広という特定企業に、売却した金額よりも安い金額で再取得する機会を確保してあげた」ということなのです。
市民が知りたい<事実>は、
「丸広がNCCに旧丸広東飯能店を売却した金額」(A)と
「丸広がNCCから旧丸広東飯能店を買い戻した金額」(B)と
「売却金額と買い戻し金額の差額」(C)です。
もしBが、飯能市がいままで公表していた新図書館建設費(土地取得費を含む)よりも低い金額だった場合、
今回のような「丸広の買い戻しを看過する」ことは
<公共施設建設費を低くできる機会>を飯能市自らが放棄したことであり、それはそのまま<市民に損害を与えた>ことになるのです。
別な視点から言えば、「飯能市が取得しない(機会損失を看過する)」ことで、
「丸広という民間企業がCという差額益を得ることに便宜を与えた」ことになるのです。
もし、NCCが東飯能駅ビルを売りに出した時点で、飯能市が買い取り希望を出してNCCとの間で価格交渉を始めていれば、丸広が再取得に乗り出すことは無かったのです。
もちろん、丸広が飯能市の後から<買い取り希望>を出せば、最終的には高い価格を提示したほうが取得することになりますから、そのことによって競り上がった最終価格(D)が、<新図書館の建設予算>を大幅に上回る金額であれば、飯能市は東飯能駅ビルの取得を断念し、「その後のことは丸広の判断に委ねる」という選択肢も有ったのです。
もし、飯能市が旧丸広東飯能店ビルを<新図書館建設費>以下の金額で購入していれば、
そこに充分な広さの図書館や保育園、市民活動センターなどの重要な公共施設を確保したうえで、
さらに1階、2階部分を民間のスーパーや流通企業にテナント貸しをすることによって<駅ビルの維持費を遙かに上回る家賃収入>も得られたのです。
だからこそ、市民や市議の一部が指摘していたように
「旧丸広東飯能店の売り出し」は<千載一遇の大チャンス>だったのですが
いまの市長はそのチャンスを自ら放棄してしまったのです。
丸広は、旧東飯能店の買い戻しに際して「飯能市にできるだけフロアーを借りて欲しい!」と要望したとのことですが、
丸広が期待している<市の利用>とは、「図書館や保育園、市民活動センターなどがテナントとして入居すること」でしょう。それは、駅ビルを購入した企業の経営者としては当然の判断です。
しかし、それは、飯能市からしてみれば「本来ならば発生しない家賃を大家の求めに応じて永遠と支払い続けることになってしまう」ことなのです。
このような点も、12月の定例議会で市議のどなたかが市長に質問してくれることを期待しています。
2008-11-19 Wed
文化新聞には連日のように<丸広問題>が載っています。
どの記事も「市民は丸広飯能店の閉鎖を憂いている」という内容です。
中には「これをピンチと思わずにチャンスにすべきであるという声もある」という内容もありますが、その主張も「だから、私は○○を提案する」ということに結びついていなければ意味がありません。
中には「飯能駅から東飯能店へ無料のシャトルバスを運行して欲しい」とか「駅前再開発の推進を」という<声>を紹介している記事もありました。
いままで文化新聞の紙面で紹介された<市民の声>は、
「飯能店が撤退後、空き店舗のまま巨大なビルが残されるのは避けたい」
「丸広の移転を機に、多くの人々が本気で飯能の将来について考えるだろう」
「(転用策として)飯能市が託児所、図書館など人が集まる施設にして欲しい」
「(再開発で)飯能のシンボルとなる施設を建設し、アピールしたい」
「(飯能店から)完全に撤退してしまうのか、はっきりしないのに少し騒ぎすぎる」
というようなことです。
私に言わせれば、それはすでに「丸広が飯能店を東飯能に移転する」ということを<絶対に覆せない既成事実>と思い込んで、「何が最善策か?」ということを考える思考を停止しているとしか思えません。
市民の大多数が、本当に「丸広に飯能店を閉鎖して欲しくない!」と思っているのであれば、<それを実現させる可能性が大きい方法>が有るのです。
実は、その方法は、法的にも、常識的に、技術的にも、そんなに難しい方法ではないので、私は、すぐにでも誰かが言い出すのを待っていたのですが、自分の周囲の知人に訊ねても、誰も、その<画期的だが簡単な方法>には気づいていないようなのです。
今回の問題に限らず、<大きな問題><複雑な問題><困難な問題>を解決する最良の方法は、「まず原点に立ち返って考えてみる」という視点で、問題の本質を把握し、「そんなことができるわけが無い」という固定観念を打破すれば、自ずから<解決策>は見えてくるものなのです。
つまり、思考のキーワードは
<原点立脚><本質把握><固定観念の打破>の3つです。
その<抜本的な解決策>を、いま、ここで書いてもいいのですが、それでは面白くないので、皆さんも<楽しい頭の体操クイズ>だと思って、考えてみて下さい。
とりあえず、私の考えている<解決策>は、11月21日(金)の01:00頃に、当ブログに書き込むことにします。
ヒントは、当然のことですが、
「その解決策を採用するもしないも、丸広の大久保社長と、沢辺市長が決めること」というものです。
すべては、この二人の「飯能を愛する気持ち」「飯能の活性化を願う気持ち」
「経営者として、市長としての職務に最善を尽くしたい」という気持ちさえ有れば、すぐに<決断>し、実行できることです。
もちろん、飯能市議会や丸広役員会の事後承認は不可欠でしょうが・・・・
(法的には事後承認でかまいません)
「最善策の独断専行」は組織トップの仕事です。必ず後から出てくるであろう一部の反対者、抵抗勢力を恐れては何もできません。
特に、来年の市長選に立候補する意図を抱いている人には、ぜひ、ご自分から、この<解決策>を、自分の考えとして、できるだけ早く、飯能市民に提言してくれることを私は願っています。
もちろん、次の市長選では、私はその人に投票することにします。
そればかりではなく、<その人が市長に当選するための応援>を積極的にしていきたいと思っています。
でも、その<市長選立候補予定者>は、このブログを読んでいるとは限りません。
そこで、当ブログを読んでいる人へのお願いです。
もしあなたの周囲に<市長選立候補予定者>がいましたら、ぜひ、その人に、この件を伝えて下さい。お願いします。
2008-11-21 Fri
「飯能店が東飯能に移転したら飯能駅西口周辺はどうなってしまうのか?」
という大きな問題、複雑な問題を解決するには、まず、私たちの思考方法を、
「どうなるのか?」とか「どうなってしまうのか?」という受け身の思考から、
自ら「どうしたいのか?」とか「どうすればいいのか?」という攻めの思考に
転換すればいいのです。
<丸広飯能店の移転問題>を、その原点に立脚して、問題の本質を時系列で把握すれば、下記のように整理することができます。
1.東飯能駅ビルは飯能市から丸広に持ちかけて新築された。
2.丸広は飯能店と東飯能店の重複が裏目に出て競合してしまった。
3.東飯能店の集客に飯能市は消極的な協力しかしてこなかった。
4.その結果、丸広は東飯能店の継続を断念しNCCに売却した。
5.商業施設運営のノウハウを持たないNCCは駅ビルを再開できなかった。
6.NCCは駅ビルを売りに出したがなかなか買い手が現れなかった
7.市議会や市民から「市の購入」が提案されたが市長はそれを無視した
8.駅ビルの売値が最初の売却価格より下回ったので丸広が買い戻した。
9.丸広は<過去の失敗>から「二店体制」ではなく「移転」と決めた。
10.「飯能店閉鎖」が公表されてから商工業者は「困った」と言い出した。
上記のようなことから考え出される「合理的で実現性が高く、関係する人たち(丸広・飯能市・地元商工業者・市民)のすべてが納得できる解決策」は、自ずから、下記のようなことが導き出されてきます。
A.飯能市が丸広から駅ビルを適正価格で買い取る
B.飯能市は駅ビルに庁舎、図書館、保育園、福祉センターを移転する
C.飯能市は駅ビル1、2階を民間企業に賃貸し定期収入を確保する
D.丸広は飯能店閉鎖を撤回し、飯能店の活性化に真剣に取り組む
E.飯能市は丸広飯能店の収益向上のために適法の範囲で協力していく
F.地元商工業者も飯能店を「運命共同体」という意識で協力していく
この<解決策>が、関係する人たち市民)のすべてが納得できるものであると私が主張する理由は下記のようなことからです。
A.「適正価格」だから丸広は再び売却しても損はしない
B.飯能市は当面の「新築改築増築の諸課題」が一挙に安価で完了する
C.東飯能駅周辺は丸広店の時よりも賑わうようになる
D.丸広は飯能店の売り上げや収益率も向上できる機会を得ることになる
E.飯能店にも公共施設(市民センター)を確保することも可能になる
F.希望する地元業者には飯能店とコラボできる機会が生じてくる
このようなプランは、実は、
<何事にも積極的で楽観的なプラス思考の人間>と、
<何事にも消極的で悲観的なマイナス思考の人間>とを区別する
<リトマス試験紙>のような役割も果たすのです。
もし、あなたが、この<解決策>を読んだ直後に、
「こんなことができるわけが無い!」とか
「こんなプランを考えるのは幼稚で現実を知らないからだ!」
と反応してしまったら、あなたは
「今回の丸広問題で発言する資格は無い」
と言われても甘受しなければならないのです。
もし、あなたが、この<解決策>を読んだ直後に
「このプランが可能かどうかはともかく、実現したら素晴らしい!」とか
「このプランが可能かどうかはともかく、とにかく実現させるという方向で踏み出してみなければ何も生まれない」
と反応したのでしたら、あなたの次の課題は
「このプランを実現させるには、どうすればいいのか?」
を考えることなのです。
私なりの<実現させるためのプロセス>は11月25日(火)の01:00頃に当ブログに書き込みます。
それまで、皆さんも楽しみながら考えてみて下さい。
ヒントは、「沢辺市長の立場で考えるか?」
それとも
「現職市長に対立して立候補する人の立場で考えるか?」
という、<立場の違いで考えてみる>というものです。
<最初の一手>と<次の一手>に何をするのが最も効果的か?
という視点もヒントです。
2008-11-23 Sun
11月25日(火)10:00から、<丸広飯能店移転>に関する飯能市議会全員協議会が開催される予定と、文化新聞に書かれていました。
不思議なことに(呆れたことに)、飯能市役所サイトにも、市議会サイトにも
この「全員協議会開催」のことは何も載っていません。(11/23/11:00時点)
こんな所にも、市長、市議会事務局の「市民に対する広報意識」のレベルが露呈しています。市議にも「議会事務局に市民への広報PRを徹底させる」意欲は無いようです。
この全員協議会を市民が傍聴するには議長の同意が必要だということですが、<慣例>ではいつも認められているので私は絶対に傍聴に行くつもりです。
みなさんも、傍聴に行きませんか?
11/25の主な<見所・聴き所>は下記の5点です。
1.沢辺市長の<報告>は、どの程度までなされるのか?
市長の報告が、単なる<事実経過>や<感想>だけなのか?
それとも今後についての市長の<構想>や<意図>まで語られるのか?
それによって、市長の問題意識と意欲の程度が判ります。
2.市議からの質問は有るのか?
<市の将来>についての市議の意欲や見識は、今回の件に関する質問の視点と順番にも現れますので、来年の市議選での判断材料になります。
3.「全員」で最善策についての討議がなされるのか?
<協議会>という名称を名乗っているからには、市長・市幹部、市議の全員で、<飯能市にとっての最善策>と<その最善策の実現方法>について、意見交換や協議がなされなければならないはずです。
4.丸広に<駅ビル買い戻し撤回>を求める市議がいるか?いないか?
これも来年の市議選、市長選での判断材料になります。
5.丸広経営陣が出席するか否か?
丸広東飯能店再開に関して「飯能市の協力を要請したい」のであれば、一般常識としては、市議にも直接説明すべきだと思うのですが・・・・
この<出欠の有無>を見ても、丸広経営陣が、飯能市議会を重視しているか?していないのか?その<本心>が判るものです。
2008-11-25 Tue
きょう(11/25)10:00から開催された<飯能市議会全員協議会>に行ってきました。傍聴人は私だけ。他は文化新聞の記者だけでした。
傍聴席入り口で渡された<議題>には「丸広」の文字も、「東飯能駅」の文字も無かったので「きょう来たのは無駄足だったかなぁ・・・」と思いながら開会を待っていました。
ところが、市長の冒頭<挨拶>で「きょうは4点ほど報告することがございます」と切り出されました。
先日(11/23)書いた<見所・聴き所>については下記の通りです。
1.沢辺市長の<報告>は、どの程度までなされるのか?
市長の報告が、単なる<事実経過>や<感想>だけなのか?
それとも今後についての市長の<構想>や<意図>まで語られるのか?
それによって、市長の問題意識と意欲の程度が判ります。
きょうは、<事実経過の報告>だけでした。
「11月10日に丸広の常務とNCCの副社長が契約締結の報告に来て、7階と8階を飯能市に使用して欲しい、と要請された」
ということだけでした。
このような重要なコトについても、市長は「丸広の2フロアを借りることに積極的なのか?消極的なのか?」ということに関しての自分の考えを述べることはありませんでした。
そして、飯能店移転後の対策についても「3者(飯能市・商工会議所・丸広)で協議していく」という当然のことを述べただけで、「どのような方向で協議していくのか」ということについては何も語りませんでした。
(たぶん、語るべき考えが無いのでしょう・・・・)
2.市議からの質問は有るのか?
<市の将来>についての市議の意欲や見識は、今回の件に関する質問の視点と順番にも現れますので、来年の市議選での判断材料になります。
市議からの質問は、きょうの議題に上がっていた<山手町用地の土地利用>に関して、そこに<新図書館と保育園>を平成24年までに建てるという市の当初からの計画と<丸広から借りて欲しいと要請されている7階・8階>との関連性に集中しました。
その詳細は明日以降の文化新聞で確認して下さい。
3.「全員」で最善策についての討議がなされるのか?
<協議会>という名称を名乗っているからには、市長・市幹部、市議の全員で、<飯能市にとっての最善策>と<その最善策の実現方法>について、意見交換や協議がなされなければならないはずです。
<協議>や<意見交換>と言うべきものは何もなく、単なる<事実確認の質疑応答>に終始していました。
いままで「百貨店として建てられた建物は図書館には適さない」ということを、確認もせずに憶測だけで話していた図書館担当者から
設計した佐藤総合計画に直接確かめたという<事実>に裏打ちされたように思える<具体的な数値>を示されただけで、議場にいた市議の全員は
「だから新図書館を駅ビルに持ってくることはできない」という暗示にかかったのか、まるで<思考停止>になってしまったかのようでした。
この<担当者の巧妙な言い回し>による<思考停止>の具体的な指摘と、
その思考停止を覚醒させる視点については、次回に書くことにします。
4.丸広に<駅ビル買い戻し撤回>を求める市議がいるか?いないか?
これも来年の市議選、市長選での判断材料になります。
残念ながら(と言うべきか、やっぱりというべきか)一人もいませんでした。
5.丸広経営陣が出席するか否か?
丸広東飯能店再開に関して「飯能市の協力を要請したい」のであれば、一般常識としては、市議にも直接説明すべきだと思うのですが・・・・
この<出欠の有無>を見ても、丸広経営陣が、飯能市議会を重視しているか?していないのか?その<本心>が判るものです。
この件について丸広の説明を求める市議は一人もいませんでした。
飯能市にとって極めて重要な「毎年の定期的な支出増」を求めている企業から、その理由と金額、条件を直接問い質そうという市議は一人もいないようなのです。
もしかしたら、「それは市議の仕事ではない」とでも思っているのでしょうか????
2008-11-27 Thu
いままで、当Blogを読んで来られた方は意外に思われるかもしれませんが、
実は、これでも、当Blogは、自分なりに遠慮しながら、自己ブレーキを掛けながら書いてきたつもりなのです。
なぜなら、私は人から「批判される」ことを何よりも恐れる人間だからです。
ましてや、面前で非難されたり、罵倒されたりしたら、たちまち、涙が湧いてきて、それ以降、何もする気が起きないほど気落ちして一気に落ち込み、やがて鬱になり、引き籠もってしまうような小心者なのです。
その根底には
「人から嫌われたくない!」
「多くの人から友だちになりたい人だと思われたい!!」
という、さもしい欲が有るからでしょう。
ところが幸か?不幸か?(たぶん幸でしょう・・・)遅まきながら、今頃になって
「自分は飯能では嫌われている」ということに気づかされたのです。(まったく、この年になってやっと気づくなんてお笑いもんですね・・・・)
いままで長い間、
「周囲の人たちから嫌われないように自分の言動に気をつける」ことが
「地域で生活していくためには重要なことだ」と思ってきたにもかかわらず・・・・・です。
そこで、「どうせ、地元で嫌われているなら」、これからは周囲におもねるような生き方は改めて、自分が正しいと信じたことを、批判や非難、仲間外れにされることなどを恐れずに、自分の信念に従って、言うべきこと、やるべきことを、貫いていこうと決意しました(って言うほど大げさなことではありませんが・・・・)。
そんなわけで、これからは、市長や市役所幹部だけでなく、
市議の全員、地元で責任有る立場の人たちに対しても、一切の遠慮や躊躇いを捨て、「報復されたらどうしようか・・・」という恐怖心を乗り越えて、本音をぶつけていこうと思っています。
その内容と事の推移を楽しみにして頂ければ幸いです。
とはいえ、しかし、・・・・(この先は次回以降に書き込みます)