2009-02-02 Mon
飯能に限らず、世の中には「同級生」「同期生」「同窓生」という言葉を、
正確に区別しないで使っている人が多いようです。
「同級生」とは、文字通り「同じクラスの人」という意味です。
「AさんとBさんは○年○組の時の同級生」という使い方をします。
もちろん、「同じ学校」で「同じ学年」の人同士だけに限られます。
この「同級生」という言葉に対して、
「同期生」というのは、「同じ学年の人」という意味なのです。
だから同級生は同期生でもあるわけです。
ところが、「同級生」は、必ず「同じ学校の人だけ」なのですが、
「同期生」には「同じ学年」という以外に「同い年」という意味もありますので、通っていた学校、卒業した学校が違っていても、「同期生」という言葉が使われています。
この「同期生」という言葉は、「同じ学年」であれば、年齢の違いは問われないのです。
大学では受験浪人を経験したり、社会人を数年経験してから入学してくる人も多いので、年齢が4,5才くらい上下に違っていたとしても、「同じ学年」であれば、その年齢の違いを超えて「同期生」として扱われます。
そして、この「同期生」という言葉は、学校だけでなく、そのまま、社会人になってからの職場でも頻繁に使われています。
同じ時期に、同じ会社に採用された人は、採用地が本社でも、支社でも、年齢が違っていても(大卒と高卒であっても)「同期入社組」と呼ばれ、同じように「私たちは同期生」という意識になります。
この「同級生」「同期生」という言葉に対して、
「同窓生」という言葉は「同じ学校の卒業生全員」「学校が創立されてから在校生まで全員」という意味に限定されているのです。
「同級生」「同期生」「同窓生」という言葉を正確に区別していない人は、
そのまま「同級会」「同期会」「同窓会」という言葉も、正確に区別しないで使ってしまっているのです。
「同級会」とは、同じ学校の同じ学年で、しかも「同じクラス」だった「同級生」だけの「会」に使われる言葉なのです。
「同級会」と「クラス会」は同じ意味で使われています。
「同期会」とは、同じ学校、同じ学年である「同期生」の「会」のことなのです。
そして、この「同期会」という言葉だけが、学校だけでなく、「同じ会社」「同じ仕事仲間」の集まりでも使われるのです。
「同窓会」とは、同窓生だけが集まる「会」のことなのです。
「同級会」や「同窓会」という言葉は、「同じ学校」の枠を超えて使われることはないのです。
ちなみに、私が「同級会」「同期会」「同窓会」という言葉の正確な使い分けにこだわるのは、私の卒業した高校(都立北園高校)が、正確な意味での学校創立以来の卒業生全員が集まる「同窓会」を毎年開催しているからなのです。
毎年開催される、その「同窓会」は、いつも「同期生」毎に受付や集合場所が定められているからなのです。
そして、私の出身高校の卒業生たちは、この毎年開催される「同窓会」の日程を考慮して、「自分たちの学年全体が集まる同期会」や「同じクラスだけが集まる同級会」を企画するのです。
そして、「同窓会の幹事」と「同期会の幹事」と「同級会の幹事」も役割を区別しているのです。
もちろん、私は、この「同窓会」「同期会」「同級会」が大好きなので、これらの言葉を正確に区別しないで使っている人に出会うと、「修正」したくなってしまうのです。
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2009-02-03 Tue
前回は「同級会」と「同期会」と「同窓会」の違いを説明しました。
それで判るように、いままで飯能市で開催されていた「60才の集い」は
「同期会」であって、「同窓会」ではないのです。
昭和23年度生まれの人たちが、2月15日に飯能プリンスホテルで開催する「60歳のつどい」が、市内の中学校を卒業した人たちだけの集まりになって、余所から飯能市に転入してきて、いま住んでいる人たちに声をかけなかったのは、「同窓会」という言葉が大きな原因になってしまったのではないでしょうか?
本来は、出身地を越えて、「同い年だから集まる同期会」だった「60才の集い」だったのですが、「同期会」と「同窓会」の区別があいまいだった人が多かったのではないでしょうか?
会合などでは、誰かが「同い年全員が集う同期会」という意味を込めて「同窓会」という言葉を使っていたとしても、その「同窓会」という言葉だけを耳から聴いた人は、「同窓会」という言葉からは、どうしても「同じ学校の卒業生だけ」と受け取ってしまう人が多いのです。
だから、いつのまにか下記のような「図式」になってしまったのではないでしょうか?
「同窓会」=同じ学校の卒業生だけ
合同「同窓会」=飯能市内全ての学校の同窓会
=大人になってから市内に住んでいる人は対象外
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2009-02-07 Sat
昭和23年度生まれの人たちの「60才の集い」に続いて、来年は、
昭和24年度生まれも「60才の集い」を開催します。
きょう(2/7)は、そのための準備会が19:30から市役所隣の富士見公民館で開催されました。
今夜集まったのは男女合わせて53人。
当時あった飯能市と名栗村の全ての小学校(飯能一小・二小・加治小・精明小・南高麗小・原市場小・吾野小・東吾野小・名栗小)から、それぞれの卒業生の参加がありました。
大人になってから飯能市に転入してきた人の参加は、なんと私1人だけでした。それは無理もありません。呼びかけた人たちが、「大人になってから飯能市に転入してきた人たちの住所を把握できていない」から連絡のしようがないのです。
従来のように、市役所が呼びかけているときは、市内在住の該当者全員にお知らせを郵送することができたのですが、<有志だけの自主的な行事>になると、それが全く出来なくなってしまったのです。
連絡できるのは、市内の小学校、中学校の卒業生だけに限られてしまうのです。
だから、どうしても、結果的には「合同の同窓会」ということになってしまうのでしょう。
私がきょうの「昭和24年度生まれの60才の集い・準備会」のことを知ったのは、ある<幸運>が有ったからです。
それというのも、今回の準備会を企画したNさんとは、同じ町内(三丁目自治会)で、しかも、お祭りのお囃子(共鳴会)で一緒だからなのです。今年の元日、三丁目の秋葉神社で行われた毎年恒例の<初囃子>のときに、Nさんから「小久保さんもぜひ出席してよ」と誘ってもらえたからです。
今夜、集まった53人の中で、私が知っている人は4人だけでした。
ちょっと「疎外感」を感じましたが、よく周囲の人たちを観察していると
他の人たちも「自分と同じ小学校、中学校の卒業生以外とは、みんな初対面なのです。自分だけが初対面ではない、ということが判れば、別に「気後れ」することはないのです。
時間的な制約が有りましたが、出席者全員に発言の機会が与えられ、討議の結果、下記の5点が確認されました。
1.開催時期は、準備期間も必要なので来年2010年の1月から3月の間に。
2.開催場所は、数百人が集まれて飲食ができる所に限定される。
3.大人になってから転入してきた60才にも参加を呼びかける。
4.単なる「懐かしの同窓会」ではなく、新しい出会いの場にしたい。
5.セレモニーの有無は未定だが「意味の有る内容」にしたい。
その内容は今後の実行委員会で検討していく。
私も、その実行委員の一人にさせて頂きましたので、これからは支障の無い範囲で当ブログに進行形で書いていきます。
市内に住んでいる<昭和24年度生まれの人>で、
来年の「60才の集い」に参加されたい方は、私に連絡を下さい。
情報をお知らせします。
小久保 達
飯能市久下457-8ナイスアーバン飯能902号(市立図書館の隣のマンション)
TEL/FAX 042-974-1104 090-7715-4293
ks@kokubo-satoshi.com
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2009-02-12 Thu
「60才の集い」を開催しようとするとき、最初に決めなければならないのは
<開催日>と<会場>です。
参加者数が未定とはいえ、200人~500人くらいの懇親会での飲食を考慮すると、飯能市内での<会場>は、飯能プリンスホテルかマロウドイン飯能のどちらかに絞り込まれます。
ところが<開催日>のほうは選択の幅があります。
昭和24年度生まれの人は、今年の4月から来年3月の間に、還暦を迎えることになるのですが、準備に必要な期間を考慮すると、だいたい今年の秋以降の開催ということになります。
昭和23年度生まれの人たちは、今年の2月15日に開催しますので、
昭和24年度生まれの私たちも、だいたい来年の1月から2月の間になる可能性が一番大きいということは、いまから予想できることです。
先日(2/7)の富士見公民館での準備会で、呼びかけ人のNさんが出席者に
「開催時期や会場で、希望や提案の有る人は発言して下さい」と求められたので、私の希望を言わせてもらいました。
私は、飯能市で「60才の集い」が毎年開催されているのを知った時から、
「市が主催する成人式と同じ日に、同じ会場で開催したら面白いし、全国的な話題にもなるだろうなぁ」と考えていたのです。
そこで「市民会館大ホールで成人式が開催されているのと同じ時間帯の小ホールで60才の集いを開催したら面白いのではないでしょうか?」という希望を述べてみました。
数年前から「自分が参加する60才の集いのときは、準備段階から参加させてもらって、ぜひ、それを提案してみよう!」と楽しみにしていたのですが、とうとう、その日がやってきたのです。
その時、私が述べた理由(その目的)の要旨は下記の通りです。
1.成人式に集まった若い人たちを見て、自分の成人式当時の「40年前のこと」に改めて思いを巡らしてみたい。
2.その逆に、成人式に出席する若い人たちに、自分たちの姿を見せつけて
「40年後はこうなるんだぞ!」と分からせてやりたい。
3.同じ建物の中に、自分の両親よりも年上の人たちが大勢集まっていることが分かれば、成人式で変に騒ぐ者も出なくなるのではないか。
4.「成人式と60才の集いを同時刻同会場で開催」ということになれば、そのことが広く認知されて60才の出席者が増えることが期待できる。
そして、「飯能市では毎年、成人式と60才の集いが同じ日に同じ会場で開催される」ということが定例化していけば、それに伴って集いへの出席者が増えていくのではないでしょうか。
私のこの提案(希望)に対しては、「それは面白いかもしれない!」と賛意を示してくれる人もいましたが、「それは不可能なのではないか」とか「市民会館だと飲食ができないからイヤだ」という意見もありました。
飲食を伴う懇親会としては、「市民会館地下の展示ルームにケータリングを頼めば可能だし、飲食の時はプリンスホテルに移動してもいいのでは」と補足説明したのですが、とりあえず、その日は「こんな案も有るよ」という紹介の段階でした。
さぁ、どんなことに決まっていくのでしょうか?
これからが楽しみです。
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2009-02-15 Sun
先日(2/11)、昭和24年度生まれの<60才の集い準備会>を呼びかけたNさんとじっくり意見交換ができました。
三丁目の山車小屋がある三座稲荷での初午祈願祭の後、三丁目自治会館で行われた懇親会でお酒を呑みながらだったので、かなり話が弾みました。
Nさんのプランで特に面白かったのは
「本番までホップ・ステップ・ジャンプで弾みが付くようなイベントを積み重ねていきたい」というアイデアです。
開催日の予定は、来年の1月から2月頃ですから、その前に、2回か3回ほど、「何かやりたい!」と言うのです。
私は、すでに、<還暦落語会>と名付けた落語会を今年の5月と10月に企画していますが、そのままこれが、Nさんの言う「ホップ・ステップ・ジャンプ!」の弾み付けとして位置づけられるのではないかと思ったのです。
今年の5月30日(土)に、古今亭志ん五飯能独演会を、いつも私が<有望若手応援寄席>を開催している一丁目倶楽部でやってみることになっています。
<還暦落語会>という名称でも、お客さんを「還暦の人だけ」に限定しているわけではありません。そんなことをしたら、来てくれるお客さんが少なくなって、落語会としては大赤字になってしまいます。
<還暦落語会>とは、「還暦の噺家さんの落語会を聴く会」という意味なのです。そのことがハッキリ分かるように、「中学高校生500円・大学生1000円」「保護者同伴の小学生は無料」と明記しているのです。
古今亭志ん五師匠は、この当日(5/30)が誕生日で還暦になります。
つまり、昭和24年度生まれなのです。
だから、私は、この<還暦落語会>を聴きに来るお客さんの中には昭和24年度生まれの人も少しはいるだろうと考えて、落語会の直後に、<人生の同期会>を呼びかけて、近くの飲食店での懇親会も併せて準備しています。
当日(5/30)は、<還暦落語会>に、全体で何人の来場者が有るのかは、まだ全く予想がつきませんが、仮に100人だとしたら、少なくとも10人くらいは昭和24年度生まれの人(人生の同期生)がいるのではないかと期待しています。
会場の一丁目倶楽部は和室なので最大200人は大丈夫です(たぶん)。
そうなると、10人~20人くらいは昭和24年度生まれが、二次会の<人生の同期会>に参加してくれるのではないかと「捕らぬ狸の皮算用」をしています。
この<還暦落語会>を思いついたのも、私が日頃から下記のようなことを考えあぐねていたからなのです。
「昭和24年度生まれの60才の集いを、誰か呼びかけてくれないかなぁ・・・」
「その呼びかけ人は、飯能で生まれ育った人が最適なのであって、私のように、大人になってから飯能市に転入してきた人は、何の手がかりも無いから、呼びかけようにも呼びかけられない」
しかし、いくら待っても、そんな「呼びかけ」は私のところには届いて来なかったのです。
そんなときに
「自分たちと同い年の噺家が何人もいるのだから、その人を飯能に呼んで、還暦落語会という名称でやれば、そのお客さんの中に同い年の人が何人もいるのでは?」と閃いたのです。
そこですぐ、インターネットで「噺家の誕生日」を調べ始めたのが、私のパソコン記録では、去年の10月21日でした。
それから、噺家さんと交渉し、とりあえず、5月30日の「古今亭志ん五独演会」と、10月17日の「柳家喜多八独演会」が確定したのは、今年の1月22
日になってからでした。チラシ配布をそのときから始めたのです。
さぁ、そのPR効果はいつ頃から表れ始めるのでしょうか・・・・
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2009-02-20 Fri
昭和24年度生まれの「60才の集い」は、ただ単に
「飲食して昔馴染みと懐かしい思い出話をするだけの会」にはしたくないと思っています。
これは、私だけの考えではなく、2/7の準備会に集まった人の中には、何人もそのような発言をする人がいました。呼びかけ人のNさんも同じ考えです。
「何か意味のあること、意義の有ることをしたい」と発言した女性も何人かいました。
もちろん、その<意味の有るコト>とか<意義の有るコト>の解釈や内容は人によって異なっているかもしれません。
私が現時点で考えているのは、まづ第一に
「次の昭和25年度生まれ、26年度生まれ、27年度生まれ・・・というように、これからは
毎年、確実に“60才の集い”が開催され続け、回数を重ねる毎に参加者が増えていくようにしたい」ということです。
そのためには、昭和23年度生まれの実行委員長になったEさんや、昭和24年度生まれの呼びかけ人のNさんのように「同期生に呼びかける」人が、昭和25年度生まれの人たちの中から出てこなければなりません。
私が望んでいるのは、そのための「仕掛け」というか「仕組み」です。
一番簡単で確実な方法は、<昭和24年度生まれの準備会>のメンバーに、昭和25年度生まれの人も誘ってしまえばいいのです。
せめて4人か5人でも加わってくれれば、その人たちが、<昭和24年度生まれの準備会>に加わって体験したり、見聞したことを、翌年の<昭和25年度生まれの準備会>に活かせるのです。
私は、先日の<昭和23年度生まれ>の“60才の集い”の会場(飯能プリンスホテル)に行って、「受付時と開会から30分くらいまでの間」を見学することができましたが、できれば、実行委員会の準備段階の時も後学のために参加したかったと思っていました。
幸いなことに、その<昭和23年度生まれの実行委員>の中に知人がいましたので、何かの機会で会ったときに「体験と反省点、アドバイス」を訊こうと思っています。
だからこそ、<昭和24年度生まれの準備会>には、ぜひ<昭和25年度生まれ>の人たちにも加わって欲しいのです。そして、その人たちが中心になって、<昭和24年度生まれの準備会>の体験や反省点を活かして、<昭和25年度生まれの準備会>に加わる人たちに呼びかけていけばいいのです。
そして、その<昭和25年度生まれの準備会>に、次年度の<昭和26年度生まれの人>の有志が加わり、さらに<昭和26年度生まれの準備会>に、次年度の<昭和27年度生まれの人>が有志に加わるようになれば、着実につながっていくのです。
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2009-02-27 Fri
昭和24年度生まれの「60才の集い」の実行委員会は
3月28日(土)19:30から富士見公民館で開催されることに決まっています。
そこで私は「開催場所はホテルではなく市民会館のほうがいいのでは?」という提案をしようと決めています。
「ホテルがダメな理由」は「使用時間と料金」です。
ホテルでは「300人から500人くらいがテーブルに着席できる部屋」は、「1人1万円の会費」に設定したところで、使用できる時間が3時間くらいしか無いからです。
もちろん、倍の6時間でも空いてさえいれば借りられるのですが、料金はかなりの高額になってしまうのです。
その点、市民会館だと、朝から夜まで全日借りてもかなり安いのです。
お酒や料理も、市内の仕出し業者に頼めば「一人当たりの会費」はホテル会場のときの半額でもできるようになります。しかも、そのお金は「市内に貫流していく」のです。
「60才で飯能市に住んでいる」ということは、その殆どの人は「終生飯能に住み続けるつもり」なのです。
ならば、できるだけ「市内でお金を使う」「市内のお店にお金を使う」ということを意識的にでも実践していきたいのです。
小ホールは300席なので、反対の人からは
「それでは最初から出席するのは300人限定になってしまう」
「400人でも500人でも出席してもらいたいのだからホテルしかない」
という声が出ることは最初から予想できます。
ところが(どっこい)、小ホールだけでなく地下の展示室や2階の大会議室も含めて、大ホール以外のスペースを全て借りてしまえば、400人だろうが500人だろうが充分な広さなのです。
私は「全員が同じ時刻に集まって、予め定められた2時間だけ会食して、予め定められた時刻になると終了させられ、その後は二次会へ流れる」という昔から決まり切ったスタイルのイベントがバカらしく感じてしまう人間なのです。
「1ヶ所の会場でじっくり腰を落ち着けて、大勢の人たちと好きな場所に自由に移動しながら、時間を気にせず飲食しながら飽きるまでお喋りをする」
私は、このスタイルが一番楽しい「集い」ではないかと思うのですが・・・・・・さてどうなりますか。
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2009-02-28 Sat
前にも書きましたが、先日(2/7)の準備会の時に確認したことは下記のようなことでした。
1.昔の同級生たちと会って飲食して懐かしむだけでは意味が無い。
2.同窓会ではなく「市内に住んでいる60才」として集まりたい。
3.市内に住んでいる人たちとの「新しい出会いの機会」にしたい。
4.何か意味の有ること、意義の有ることをしたい。
5.「ホップ・ステップ・ジャンプ」で積み上げていくことをしたい。
この1~5の「方針(願望?)」だけでも、私は<60才の集い>として、
他の地域の同世代の人たちや、飯能市内の「これから60才の集いを企画する世代」の人たちに対して「胸を張れる内容」だと思っています。
さらに、付け加えるのであれば、私は下記のような願望を抱いています。
6.地元の産業や商業を潤すことにつなげたい。
7.「飯能の60才の集いは凄い!」と全国に知られるようになりたい。
8.<70才の集い><80才の集い>も開催するということを前提にしたい。
「6」は、例えば、 「還暦をきっかけに和服を着てみよう!」と呼びかけ、男性も女性も和服で集まるようにすると、市内の呉服屋さんも「60才の集いのPR」に協力してくれるのではないか、というようなことです。
「7」は、例えば
「成人式と同じ日に市民会館の大ホールと小ホールに別れて同時開催する」
とか
「全員で池袋から飯能までの〈徒歩帰宅訓練健康ウォーキング大会〉開催」
などでしょうか・・・。
「8」は、当然、「70才の集いまでは元気でいようね!」とか「80才の集いのときは私はいないかも・・・」と笑いのネタにすることでしょう。<90才の集い>に何人の人が参加するか? それをいまから予想しておくのも面白いでしょうね。
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1.昔の同級生たちと会って飲食して懐かしむだけでは意味が無い。
2.同窓会ではなく「市内に住んでいる60才」として集まりたい。
3.市内に住んでいる人たちとの「新しい出会いの機会」にしたい。
4.何か意味の有ること、意義の有ることをしたい。
5.「ホップ・ステップ・ジャンプ」で積み上げていくことをしたい。
この1~5の「方針(願望?)」だけでも、私は<60才の集い>として、
他の地域の同世代の人たちや、飯能市内の「これから60才の集いを企画する世代」の人たちに対して「胸を張れる内容」だと思っています。
さらに、付け加えるのであれば、私は下記のような願望を抱いています。
6.地元の産業や商業を潤すことにつなげたい。
7.「飯能の60才の集いは凄い!」と全国に知られるようになりたい。
8.<70才の集い><80才の集い>も開催するということを前提にしたい。
「6」は、例えば、 「還暦をきっかけに和服を着てみよう!」と呼びかけ、男性も女性も和服で集まるようにすると、市内の呉服屋さんも「60才の集いのPR」に協力してくれるのではないか、というようなことです。
「7」は、例えば
「成人式と同じ日に市民会館の大ホールと小ホールに別れて同時開催する」
とか
「全員で池袋から飯能までの〈徒歩帰宅訓練健康ウォーキング大会〉開催」
などでしょうか・・・。
「8」は、当然、「70才の集いまでは元気でいようね!」とか「80才の集いのときは私はいないかも・・・」と笑いのネタにすることでしょう。<90才の集い>に何人の人が参加するか? それをいまから予想しておくのも面白いでしょうね。
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